信濃川大河津分水の提唱者
本間屋数右衛門の碑の建立に寄せて

大河津記念公園の信濃川治水紀の抜粋です。
「享保中、寺泊の人本間数右衛門、河合某」が、大河津分水の提唱者であることが記されています。
本間屋数右衛門の墓が、照明寺の墓地にあります。
越後平野の穀倉地を作った信濃川大河津分水の提唱者、本間屋数右衛門の碑が建立され、照明寺と本間屋数右衛門と同時代に照明寺と関わり、洪水を闘った農民に心を寄せた、良寛をつなぎあわせた碑です。


照明寺境内の、垂れ桜の脇に建立。

碑の裏面には、水上勉の良寛を歩くから、「死後鼠になりても一線の分水路を貫通したい」の本間屋数右衛門の遺言。
「寺泊の先人本間数右衛門を豊かになった越後平野の人々と改めて追想したい」の、初代分水資料館の渡部武男氏の一文を刻み込みました。

寺泊港を見下ろせるところです。

水と闘った農民に心寄せた良寛:信濃川分水の提唱者本間屋数右衛門
高橋 剛/著
雑草出版
2011.8

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